二年ゼミ 秋 最終回

こんにちは!

秋学期最後のブログ担当は小野寺です。最後のブログを書くことができてとても光栄です…。

およそ半年前から頑張ってきたこの南房総ゼミでの活動もついに完結です。南房総のこと、対象者の方のことをとことん調べ、実際に合宿へ行き、インタビューさせてもらったのがもう遠い昔のような気がします。

今日、やっと本が完成しました!

その前に、13回目の授業と14回目の授業の振り返りをしたいと思います。ブログ更新が滞ってしまっていて申し訳ございません。

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13回目の授業では、それぞれの作品をお互いに読みあい、批評・感想を述べあいました。私はこの時、ラストから2回目の授業にして、いったん書き上げた物語を白紙に戻したばかりで、精神的に追い詰められてはいたものの、なんとか授業に出ました。しかし、みんなの完成度の高さにさらに精神的にやられてしまいました。あの時の感情は忘れられません(笑)。

14回目のラストの授業は、私は欠席しましたが、お互いの作品を読みあい、感想を述べあうとともに、南房総ゼミを通して感じたことの意見交換もしたそうです。悔しかったのが、内藤先生からの美味しいお土産をいただきながら行った授業だったそうです。私もカタラーナ食べたかったです。

授業をすべて終えてからも、物語の修正を重ね、内藤先生からのチェックを何度も受け、無事作品が出来上がりました。ゼミ生一同、春休みに入ってからも、常に頭の片隅には南房総ゼミのことを考えている日々を送っていました。

完成した作品は、編集担当のゼミ生が校正し、物語集用に編集してくれました。編集は最も過酷な作業であります。編集担当のみんなに感謝です。

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二日間に渡る製本作業は、時には黙って集中し、時には和気あいあいと楽しくできました。南房総ゼミは仲が良いのもいいところです。過酷だからこその団結力はほかのゼミと違います。

こうしてできあがったのがこちら、『潮風と夕焼け』です。

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私は春学期も南房総ゼミでしたが、やはり本が完成したときの感動は二回目でもぐっときます。

本が無事完成したのも、南房総ゼミに協力して下さった方々のおかげです。対象者の皆様、南房総市役所の皆様、南房総の地元の方々…たくさんのお力添え、本当にありがとうございました。

南房総ゼミの活動は今後の人生において、とても意味のある、有意義な経験だと思っております。

ここまで指導して下さった内藤先生にも感謝しています。

できあがった本を早くご協力してくださった皆様に読んでいただきたいです。

私も今から、同志の作品を読んでいきたいと思います。

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一年ゼミ 秋 第12回

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2018年最後のゼミのブログを担当します、一年ゼミの鈴木です。

今回の授業では、前回の脱構築の理解をさらに深めるために、映画「砂の女」の分析をしました。内藤先生の論文も参考にしつつ、「ゆれる」の時と同様に、二律背反の事柄がなし崩しになるような展開がみられるのか、注意深く分析しました。

「砂の女」に関しては、「ゆれる」よりも脱構築がはっきりと現れており、全員が納得して、『この物語は脱構築されている』という結論を出しました。このような作品分析の仕方を学ぶと、これから自分が小説を読んだり映画を鑑賞するときに、対立項があるのか、それらが脱構築される展開なのか、ということにも注目しながら作品をさらに興味深く読んだり観たりすることができそうです。

また、今回は学期末論文のアウトラインの相互批評もしました。秋学期は、春学期のテーマよりもさらにパワーアップして、作品と土地との関係を分析していきます。春学期の苦労を活かして、納得のいく論文に近づけるように進めていくつもりです。

1年ゼミ 秋第11回

ブログの更新を止めていたのが自分だったと分かり、驚きました。(すみません、、、)松本です。

今回(12/13)は「脱構築」という考え方について勉強しました。「脱構築」というのはユダヤ系フランス人の哲学者、ジャック・デリダにより提唱された論理的手法を指します。授業プリントによると、「相反される事象の中に互いの要素が含まれていることを喝破する論理的手法」とのこと。難しいですね(^-^;

今回も2006年公開作品『ゆれる』を分析しました。主な議題は、作品が進むにつれて東京と山梨の関係性が変化するのか、というもの。

東京が現在を表すものが多いのに対し、山梨には過去を連想させるものが多い。しかしこの関係性は終盤になるにつれ、変化していきます。(画像の右半分が前半、左半分が後半)このように二律背反を成していたものが崩れることを「脱構築」といいます。授業で学習しなければこんな新しい見方はできないですね(笑)。

次回は『砂の女』(1964)を分析します。こちらも楽しみです!

1年ゼミ 秋第10回

こんにちは!近頃とても寒くなってきましたが皆様はいかがお過ごしでしょうか?私はストーブと布団から離れられない生活を送っています。申し遅れました、今回のブログ担当は根岸です。少しばかりお付き合いください!

 

今回(12月6日)の授業ですが、シラハママーケットで大変お世話になりました館山市の高木さんがスペシャルゲストとしていらっしゃいました!お会いするのは久しぶりだったのでとてもうれしかったです。

さて、授業では、まず前回学習した『場所の現象学』から私たちがどのように土地、場所のことを理解するかという考え方のことを復習しました。前回どのようなことを学習したのか、この考え方を知らない高木さんに説明する、という形をとったのですが、わかりやすく説明することが難しく、自分が理解した気になっていたところがよくわかり、自分はまだまだだなと痛感させられました…。もっと精進したいと思います!

そして、先週に引き続き映画『ゆれる』の分析を行いました。今回は物語の語り方からの分析でした。語り方には、誰が物語を語るのか(登場人物が語る:一人称、物語世界外の語り手が語る:三人称)ということと、その世界が誰の視点を通じて語られるのかということがあります。今回の分析では、『ゆれる』の登場人物、主人公の兄の視点から語られているシーンはどこかということを話し合いました。映画を見るときに誰の視点から語られているのかなど、今まで考えたこともなかったので、新鮮な見方だなと思いました。しかし、この分析方法は学期末の論文にも使えそうなのでしっかり身に着けたいと思います。

 

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そして、最後に『脱構築』という概念について軽く学びましたが、時間切れのため今回はここまで…!またまた難しい概念が出てきてしまい、戦々恐々としていますが、頑張りたいと思います。それではまたお会いしましょう!ありがとうございました!

一年ゼミ 秋9回

こんにちは、お久しぶりの塩野です、最近は寒くて朝なかなか布団から出られなくなってきました。

11月29日のゼミでは『場所の現象学』から場所を捉えるための概念を学びました。

今まで習ってきた場所の捉え方を図式化してより理解を深めることができました。

構造分析をするために構造主義について学びました。構造主義とは、そこに潜在する「構造」を抽出することで、その現象を理解する方法論です。より理解を深めるために、オダギリジョーや香川照之出演の映画『ゆれる』の中に登場する二項対立を探し出し話し合いました。

発表し合ってみると、同じ作品でも自分の気づかなかった二項対立がどんどん出てきてとても勉強になりました。(二項対立とは東洋と西洋というように二つの概念が互いに矛盾や対立をしているような様のことを言います。)

後期のゼミは今まで知らなかった思想、考え方を学ぶので前期とは違った意味で大変ですが、しっかりものにして論文に役立てていきたいです!

二年ゼミ(秋学期)第九回

こんにちは!第九回のブログを担当します。館山班の金沢です!

今回は伊藤豊さん、写真家の朝岡英輔さんによる特別講義でした。

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二枚の写真から得られるイメージをもとに私たちそれぞれが作成した物語について、伊藤さんから一人ひとりアドバイスをいただきました。始めて書いたにしてはうまくできたのではないかと勝手に思っていましたが、アドバイスを聞いてそれは全くの勘違いだったなと実感しました……。また、みんなが二枚の写真からどのようなものをイメージしたか、それがどのように物語につながったかを聞いて、自分の考えとの差に、正直焦りました。この焦りが、これからの物語の作成にいい影響を与えてくれると思っています!!!

また、朝岡さんからは写真家ならではのアドバイスをいただきました。今思うと、私は本当に写真をじっくり見つめたのだろうかと疑問が残ります。着ている服や髪型、背後に少し写っている本の数など、見落としている部分がたくさんあったなと思いました。そういう細かい部分を汲み取っていれば、もっといい物語が書けたのではないかと感じました。

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これは授業後の光景です。みんな真剣にアドバイスを聞いています!

今回の講義で、もっと頑張らないと!という気持ちがさらに湧いてきました。これからが大変ですが、みなさん気合い入れて頑張りましょう!

さぁ課題をやらねば……(笑)

1年ゼミ 秋第8回

こんにちは。今週のブログ担当は最近体調がイマイチな鈴木です。一段と寒さが増してきたせいでしょうか…

さて、今週の一年ゼミは前回に引き続き「語りの読み解き方」でした。その中でも今回は”場所のアイデンティティ”というものについて深く掘り下げました。

“場所のアイデンティティ”とは、その場所にある①物質的要素、②人間の活動、人間の意図や経験によって生まれる③意味の3つの要素で構成される、場所を捉えるための概念です。かなり専門的で難しい内容でしたが、内藤先生が私たちが納得するまで説明してくださりました。

このゼミでは、普段生活している中で実際に目にしたり体験したりすることができないテーマを学習することが多いので、毎回新鮮な気持ちで新しい知識を得ている気がします。

学期末レポート作成の際には、学んだ内容を活かせるよう、しっかりと自分の中に知識を蓄えていきたいです。

二年ゼミ(秋学期)第八回

第八回のブログを担当する白浜班の三ツ橋です。

 

今回の授業では、初めに、平野啓一郎さんの『私とは何かーー「個人」から「分人」へ』の2グループに分かれて意見交換を行いました。多くの人がこの本の「分人」という考えに共感していました。それも、平野啓一郎さんはこの本の中で、誰もが考えたことのある対人関係や本当の自分に関するふわふわとした疑問を明確に言語化されていたからだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

次に、これから書く小説に登場させるであろう人物を「分人」化させました。

この作業が難しかった。ゼミ生一人一人が登場人物を、ものに向かっているとき、人に向かっているとき、様々な角度から見つめなおし、細分化しました。そうすることで、今まで見えてこなかったその人の機微が見えてきました。

次回は伊藤豊さんによる特別講義です。小説の書き方について学びます。

1年ゼミ 秋第7回

1か月振りに記事を担当します松本です。

1年生は4人しかいないため、毎月ブログ担当が回ってくるという事態が起こっています。(3か月に一度だったころが懐かしいですね。)

「気を取り直して4人で頑張っていこう!」と意気込んで教室に向かうと、、、!?。なんと2人が体調不良、3人授業になってしまいました。

もはやそこらへんのベンチでも授業できそうな、、、

授業の内容は、「語りの読み解き方」。コンタクト、コンテキスト、コードの3つに分けて勉強しました。コンタクトとは、「接触の仕方で体験が異なるというもの」。単行本か新聞か文庫本あるいは電子書籍など、媒体の種類が異なる場合や、映画を家で見るか映画館で見るかなどの、場所の違いによって、受け取り方が変わってくるということを指します。コンテキストとは、「読者や作品が置かれている環境」。田舎では生活必需品である車も、都会では電車があるため必ずしも必要ではない、といったようなことです。コードとは、「1つの言葉がどのように解釈されるか」。情報コミュニケーション学部を情コミと略して理解できる人、わからない人では解釈の仕方が異なるということのようです。難しいですね(^-^;

一方で期末レポートの詳細が発表され、締め切りは1月24日とのこと。

ゴールが見えてモチベーションが上がっていきそうです(^^)/~~~

 

二年ゼミ(秋学期) 第6回

こんにちは!第6回のブログを担当いたします、富浦班の高橋です!

学祭期間を終え、最初の授業だったこの日は、みんな学祭疲れ、旅行疲れでいつもより覇気がなかったように感じられました笑

しかし、みんなが疲れていても変わらず進むでいくのがこの南房総ゼミ!

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今回の授業は、物語を書くにあたっての相手にインタビューをした際に自分がどういう感情を持ち、それをどう反映させれるか。また、インタビュー対象者の人生をどう比喩できるのかということを学びました。春学期からのメンバーは、前回もやったことでしたが、秋学期からのメンバーは初めてのことに教室がしばらくザワザワしていました笑

しかし、その比喩表現したものをみんなの前で発表した時に、初めてとは思えないほどみんなとても良い表現で、私は正直焦りました。それと同時に、今回も頑張ろうという闘志のようなものが燃えました笑

では、次回授業も頑張っていきたいと思います!